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大阪高等裁判所 平成12年(ネ)1983号 判決 2000年12月22日

控訴人

兵庫県(Y)

右代表者知事

貝原俊民

右指定代理人

大濵寿美

高橋晃

井上雅男

桑原英郎

山根修一

岩本孝司

竹田茂

長谷川一郎

大西信一郎

三木健至

岡井亨

亡田靡ひでの(X1)訴訟承継人被控訴人兼被控訴人

田靡清(X2)

吉岡勲(X3)

吉岡恵津子(X4)

右三名訴訟代理人弁護士

山崎喜代志

渡部吉泰

大西淳二

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示中「第二 当事者の主張」欄に記載のとおりであるからこれを引用する。但し、原判決一一頁一行目の「あったとの認定し、」を「あったと認定し、」と、同一二頁九行目の「申講者」を「申請者」と、同二〇頁六行目の「亡ひでの」を「亡ひでのの」とそれぞれ改める。

一  控訴人

1  被控訴人らに対する違法性の不存在

(一) 国家賠償法一条一項の違法性とは、公権力の行使に当たる公務員が、「個別の国民に対して負担する職務上の注意義務に違背して」当該国民に損害を加えたことをいうものとされているところ(最高裁・昭和六〇年一一月二一日判決・民集三九巻七号一五一二頁ほか)、その違法性の有無は、当該行政処分の法的要件の充足性の有無のほか、侵害された利益の種類、性質、侵害行為の態様及びその原因などを総合的に判断して決すべきものとされている。

したがって、職務上の法的義務であっても、専ら公益目的のものや、行政の内部的義務等、個別の国民に対して負担する義務でないものに違背しても、国家賠償法上違法とされることはない。

(二) そこで、既存宅地確認処分が被控訴人ら周辺住民の日照、通風、プライバシーなどの個別の利益を保護することを予定しているか否かを検討すると、以下のとおり、都市計画法及び既存宅地確認処分はいずれも個別の利益保護を予定していない。

(1) 都市計画法は、「都市の健全な発展と秩序ある整備を図りもって国土の均衡ある発展と公共の秩序の増進に寄与することを目的」とするものである(同法一条)。

(2) 市街化調整区域における建築行為等制限の例外としての既存宅地確認処分は、宅地として認定ができるか否かを客観的資料に基づき判定するだけで、建築物等の具体的形態(建ぺい率、容積率、建築物の高さ等)に関する基準は何ら設けられていない(同法四三条一項六号)。

(3) 行政処分発動に対する周辺住民の関与や不服申立手段の有無についてみても、意見聴取手続、周辺住民への通知、異議申立手続などの規定は設けられていない。

(4) 現に、既存宅地確認処分に対し被控訴人らが提起した既存宅地確認処分無効確認請求の行政訴訟において、被控訴人らは原告適格がないと判断され、この判断は確定している(乙七、八)。この判決は、既存宅地確認処分に当たり、被控訴人らが主張するような日照等の生活環境利益の有無をも考慮に入れて判断すべきであるとは解し難いとした上、同法四三条一項六号の規定を本件処分を通じて被控訴人らが主張する日照等の生活環境利益を被控訴人ら周辺住民個々人の利益として保護しようとしているものであると位置付けることはできないと判断している。

(三) 以上のとおり、被控訴人らの主張する利益は都市計画法上の公益を超えて個別に保護されることが予定されていないものというべきであり、したがって、控訴人が既存宅地確認処分を行うに当たり負担すべき職務上の義務は、公益を目的とするものが含まれるとしても、個別の国民としての被控訴人ら周辺住民に対する義務は含まれず、本件処分が被控訴人らに対する関係で国家賠償法上違法と判断されることはあり得ないから、これに反する原判決の判断は誤りである。

(四) なお、本件処分を取り消さなかった点についても、控訴人に被控訴人らに対する関係で作為義務がない以上、国家賠償法上の違法の問題を生じない。

2  過失の不存在

既存宅地とは、当該土地が市街化調整区域とされた時点(基準時)から確認処分がなされるまで継続して宅地であった土地であるが、現況の宅地性は、現に建物が建築されている土地のみならず、開発行為を伴わないで建物を建築しようと思えばいつでも建築ができる土地でも肯定されると解され、更に建物直下の土地だけでなく、通路や敷地と一体となって利用されている土地をも含むものと解される。

これを本件についてみるに、四三四番二の土地は基準時から処分時まで地目も利用状況も継続して宅地であった土地であり、これを既存宅地と認定することに誤りはなく、四三四番一の土地及び四三六番一の土地の各一部は通路として四三四番二の土地と一体として利用されてきたものであるから、継続して宅地であった土地ということができる。

しかるに原判決は、既存宅地の概念を極めて限定的に理解した上、これを本件に当て嵌め、四三四番二の土地のうち建物が現存する部分のみが既存宅地であり、その余は既存宅地に当たらないと判断した。しかし、旧友生館取壊部分は、明らかに開発行為を伴わずに建物の建築が可能であり、宅地でないとすることはできないし、旧友生館取壊部分から市道への通路地については旧笠井きみゑ宅から市道への通路と同様、宅地と一体として利用されてきたもので、地目が山林とされていても宅地ということができる。また旧友生館後背地は段差があったり、竹が生い茂っているとしても、特段宅地以外の利用が窺われない以上、この部分だけが宅地でないとはいえない。

また、原判決は、旧友生館後背地との間には背丈より高い段差が存在し、その段差以北には竹林が生い茂っていたことは現地に臨場すれば一目瞭然であるとして控訴人の注意義務違反を認定したが、これらの事実は、右のとおり宅地性を否定する事由には当たらないのであるから、この認識により、職務義務違反や過失には結びつかない。

3  被控訴人らの損害の不存在

(一) 日照侵害について

本件における日照侵害は、社会生活上一般的に被害者において受忍するを相当とする程度を超えたと認められない。すなわち、亡ひでの宅の南側は冬至の日でも午前一〇時三〇分以降本件建物により日照が阻害されることはなく、被控訴人吉岡らの居宅の場合、西側は冬至の日でも午後〇時三〇分以降日照が妨げられることはない。被控訴人らの居宅は正面玄関を南西側としているうえ、玄関から市道までの空間を広く確保しており、午前中の日照に若干の影響があるほかは損害が生じていない。

(二) 眺望侵害について

眺望の利益は特定の場所が眺望の点で格別の価値を持ち、眺望の利益を重要な目的として建物が建築された場合など、眺望の利益の享受が社会観念上独自の利益として承服されるべき重要性を持つと認められて初めて法的保護を与えられるところ、本件において、被控訴人らの居宅はいずれも平家建てであって、本件建物の存在する被控訴人ら宅の東南側は家屋の裏側で、もともと眺望を予定する造りになっていない。

(三) プライバシー、通風の侵害及び圧迫感について

これらの損害が生じているとはいえない。

4  因果関係の不存在

原判決は、本件処分は建築基準法の制限内でいかなる建築物を建築することも法的に可能とした処分であり、本件建物は本件処分によって可能となった以上の建築物ではないから、被控訴人らの損害と本件処分との間に法律上の因果関係が存在すると判断した。

しかし、本件処分は、本件土地につき建築物の新築等の一般的な禁止を解除したものに過ぎず、本件土地に建築物を建築するか否か、どのような建築物を建築するかは、当該建築を行う私人が決定、実行する事柄である。すなわち本件処分と被控訴人らの損害発生との間には第三者の故意行為が介在している。

また、本件建物の建築に当たっては、建築確認を必要とするところ、建築基準法は日影規制や容積率など都市計画法に比べより隣接地所有者らの利益を保護する趣旨の規定を置いている。その規制をクリアーして建築確認を得た本件建物が、被控訴人らの利益を侵害することを予想することは困難である。

更に、原判決が既存宅地と認定する五〇〇平方メートル弱の土地に本件処分当時における建築基準法上の規制に適合する建物を建築した場合でも、本件建物によって生ずると同程度の影響が発生する。

したがって、仮に本件処分と被控訴人らの損害との間に条件関係を肯定することはできても、その間には建築基準法による審査及び第三者である建築主の故意行為が介在しているのであり、このような場合、本件処分と被控訴人らの被害の発生との間に相当因果関係が肯定されるとは考え難い。

二  被控訴人ら

1  控訴人の主張1について

(一) 本件は、国家賠償法一条一項の違法評価につき控訴人主張のいわゆる職務行為基準説が妥当する場合ではない。

本件は侵益的行政処分が違法になされた場合の処分の相手方が賠償を求める事案ではなく、処分の相手方以外の第三者が賠償を求めるものであるから、そもそも処分の根拠規範に照らし、職務義務(の逸脱)があるか否かを検討することに意味はない。原判決説示のように、国家賠償法上の違法性の判断は、公権力を行使する公務員の責務が何であり、法律上保護された利益の侵害があったか否かの観点から判断されるべきである。

(二) 控訴人は、都市計画法全体及び同法四三条が周辺住民の日照、通風、電波受信、プライバシー、衛生面などの利益を個別的に保護するものではないから、本件処分をするに当たっての控訴人の職務上の義務に被控訴人ら周辺住民に対する義務は含まれないと主張する。このような立場は、取消訴訟における反射的利益論と同様の考え方である。しかし、最高裁平成元年一一月二四日判決(民集四三巻一〇号一一六九頁)は、宅建業法が定める免許制度につき、処分の根拠となる行政法規が公益の実現を目的とするもので、取引関係者の保護を図るものではない場合でも、具体的事情の如何によっては、監督処分権限の不行使が取引関係者に対する関係で国家賠償法上違法と評価される場合があることを認めている。また、大阪地裁平成二年一〇月二九日判決は、電気事業法、ガス事業法が利用者の個別的な権利利益を保護していないとしても、認可権限等の行使においては、いやしくも違法な処分により利用者に財産上の損害を及ぼすことのないように留意すべき義務を個々の利用者との関係でも負っていると判示して、利用者の利益は(行政訴訟における原告適格を基礎付ける利益ではないとしても)、国家賠償法上保護を受ける利益であることを認めている。

少なくとも第三者からの国家賠償請求の場面において、控訴人主張の違法性論は相当でない。

2  同2について

控訴人は、本件処分の違法性を認定した原判決を批判するが、以下のとおり理由がない。

(一) 既存宅地の要件は、基準時から確認時まで継続して宅地であることが必要である。この点は控訴人も認めるところである。

(二) 旧友生館取壊部分は、確かに建物以外の用途に供されていたとの証拠はないが、取壊部分は残存した二戸分の建物に付随した宅地として利用に供されることも全くなくなり、雑木が生い茂り長年に渡って何らの用途に供されない状態が続いていたことが十分に認められ、地目は宅地であっても宅地としての属性を完全に喪失したと認定した原判決は相当である。

(三) 四三四番一及び四三六番一の土地の一部につき、控訴人は四三四番二の宅地部分から市道への通路として一体として利用されていたと主張するが、極めて抽象的な議論であり、原判決は、旧友生館取壊部分につき残存建物部分の宅地利用との一体性が喪失していると判断したものと解される。

(四) 旧友生館の後背地について、控訴人は地目が宅地として記載されているとの前提で主張を展開するが、そもそもこの前提が間違っている。合筆、地積更正により、宅地部分の面積が大幅に増えているが、これは関係業者による不正な画策の結果であり、本件証拠上右の後背地は四三四番一の山林部分に属すると認められる。控訴人は公図等が整備されていないこと、地積更正の結果を真実と信じたこと、控訴人は登記等に審査義務を負わないことから控訴人に過失はないと主張するが、本件では木村の現地調査の直後に大規模な掘削工事が行われ、その直後に従前の宅地面積の二倍以上の地積更正が行われているのであり、しかも、所有名義の不自然な移転事実もあるから、右地積更正は誰の目からみても不自然と映るはずである。通常の注意義務をもって検討すればその記載の合理性につき疑問が持たれるべき場合に、慎重な検討を怠った木村の職務懈怠は明らかである。

(五) 付言するに、旧友生館の敷地部分とその後背地とは、基準時において明確に形状及び状況の区別ができ、既にこの時点において一体的利用が認められないことも明白である。

3  同3について

控訴人は、受忍限度論に基づき日照被害の不存在等を主張するが、本件処分の違法が明らかな本件においては、被控訴人らの被害が認められる限り、直ちに損害賠償が認められるべきである。受忍限度論は、行政法規上適法な建築確認を受けた建築主と日照被害者との規制を行う局面であるのに対し、本件では処分が当初から違法なのであるから、受忍限度論を用いるべき局面ではない。

また、控訴人の主張は、例えば、西日を享受できるから日照の被害がないなどとして、現実の被控訴人らの被害事実に目をそらすもので不当である。

仮に、受忍限度論による判断を行うべきものとしても、被控訴人らの被害は受忍限度を超えている。

4  同4について

第三者の行為の介在により因果関係が否定されるのは、不法行為者において、第三者の故意行為に対する予見可能性が低く、第三者の故意行為が通常生ずべきであるともいえないからである。

本件では、木村が証言するように、控訴人は当初計画時点で一三階建てのマンション、その後一一建てになったことを知っていた。本件処分の確認通知書においても予定建築物の用途として中高層共同住宅となっており、一年半以上の期間にわたり申請者側と事前相談もしていることからも、本件既存宅地確認が個別具体的な建物の建築のためのものであることを控訴人は予見していたというべきである。

また、控訴人は、原判決の認定による既存宅地を前提とする建物建築によっても、本件と同様の日照等の影響が生じるから因果関係がないと主張するが、この主張は、違法性と結果との間に因果関係を要するというもので独自の理論である。

更に、建築主事の建築基準法による審査は形式的な審査であって日照被害を防止するものでも既存宅地確認処分の内容を審査するものではないし、建築主の故意行為は既存宅地確認処分後の不測の事態ではなく、既存宅地確認処分は第三者である建築主の故意行為に向けてなされたものであり、被控訴人らの損害の発生と直接的な関係にあるというべきである。

理由

当裁判所は、被控訴人らの請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。

第一  既存宅地の確認等について

次のとおり付加するほか、原判決の理由説示の「第一 既存宅地の確認等について」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二八頁一〇行目の「既存宅地の確認制度」の次に「(平成一二年五月一九日法律第七三号による廃止前のもの。以下同じ。)」を加える。

二  同三〇頁二行目の「甲第二五号証」の次に「、乙第一九号証」を加え、同三二頁三行目の次に改行の上次のとおり加える。

「5 その後に発せられた昭和五七年九月三〇日付け建設省千計民発第二一号千葉県都市部長宛て建設省計画局宅地開発課民間宅地指導室長回答では、『宅地であることの判断に用いた資料の如何にかかわらず、市街化調整区域とされた時点及び現在の時点における当該土地の現況が宅地であることが確認され、更に、当該土地が市街化調整区域とされた時点以降現在に至るまで継続して宅地であったことにつき特段の反証が見当たらなければ、当該土地は市街化調整区域とされた時点以降現在に至るまで継続して宅地であったと推定して差し支えない。』とされ、一に掲記の最高栽判決(この判決は、本件処分よりかなり後のものである。)と同様、既存宅地の確認には、法四三条一項六号ロの文言にかかわらず、基準時から確認時まで宅地としての継続性を要するというのが本件処分当時の行政解釈でもあった。」

第二  本件処分の違法性について

次のとおり付加するほか、原判決の理由説示のうち「第二 本件処分の違法性について」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三七頁一行目末尾の次に「右現地調査の際、旧笠井きみゑ宅の南側には本件土地の南西角付近から東に向けて四三四番一の土地の一部及び四三六番一の土地の一部に軽自動車が通行可能な程度の上りの舗装道路の痕跡があり、草も苅ってあったため、接道条件を満たしていると判断した。しかし、旧友生館の後背地については十分な現況の調査をしなかった。」を加える。

二  同三九頁二行目の「本件土地」の前に「前記第一の三の行政解釈を最も厳格に適用した場合、」を、同頁九行目の次に改行の上「もっとも、前記第一の三の5の昭和五七年九月三〇日付け回答によれば、旧友生館取壊部分は、その後建物敷地として利用されていないとはいえ、基準時から本件処分時まで継続して宅地であったことにつき特段の反証が見当たらないということもできるから、行政解釈上既存宅地であるとの判断も可能であり、また、元々宅地であった四三四番二及び四三四番三の土地の南側に当たる四三四番一の土地の南側一部及び西側のうち南側半分程度並びに四三六番一の南西角部分は、通路の一部及び元々からの宅地の法部分を形成し、元々からの宅地と一体となって利用されてきたものであるともいえるから、比較的緩やかに行政解釈を適用すれば、これらの土地部分も既存宅地としての要件があると判断することもあながち不当とまではいえない。この見地に立てば、本件土地のうち最大限旧友生館の敷地となっていた旧宅地部分及びこれに連なる南側の土地部分は既存宅地の要件に該当するものとみられる。

しかし、旧友生館後背地については、本件処分時の現況こそ、掘削されて平坦な土地となっていたが、木村の現況確認の時点では前記のとおり、現況も地目も山裾の竹林で山林としか認められず、これを既存宅地と見る余地はないし、四三六番一のその余の部分(旧友生館取壊部分の東側に当たる部分)は、別紙第一図のとおり、何段もの段差を形成し、地目も山林であったもので、基準時においても本件処分時においても一度も宅地としての使用がされたことがないのであるから、既存宅地ということができない。

以上に基づき、既存宅地として認められる最大限度を図示すると、別紙第四図の赤色部分〔編注、後掲別紙第四図の<省略>で囲んだ部分〕がこれに当たる。」をそれぞれ加える。

第三  控訴人の過失について

原判決の理由説示中「第三 兵庫県知事の過失について」に記載のとおりであるから、これを引用する。但し、原判決四〇頁七行目の「分筆され」を「合筆され」と、同四二頁二、三行目を「ということができる。」とそれぞれ改める。

第四  国家賠償法一条一項の違法性について

一  控訴人は、国家賠償法一条一項の違法性とは、公権力の行使に当たる公務員が、『個別の国民に対して負担する職務上の注意義務に違背して』当該国民に損害を加えたことをいうとし、都市計画法及び既存宅地確認処分の規定を精査しても、周辺住民の日照、通風、プライバシーなどの個別の利益を保護することを予定しているとは解されないから、本件処分が被控訴人らに対する関係で国家賠償法上違法と評価されることはあり得ないと主張する。

確かに、都市計画法は、「都市の健全な発展と秩序ある整備を図りもって国土の均衡ある発展と公共の秩序の増進に寄与することを目的」とすると定め(同法一条)、既存宅地確認処分は、宅地として認定ができるか否かを客観的資料に基づき判定するだけで、建築物等の具体的形態(建ぺい率、容積率、建築物の高さ等)に関する基準は何ら設けられておらず(同法四三条一項六号)、行政処分発動に対する周辺住民の関与や不服申立手段の有無についてみても、意見聴取手続、周辺住民への通知手続、異議申立手続などの規定は設けられていないから、周辺住民には処分の無効確認又は取消請求などの行政訴訟における原告適格はないといわざるを得ず、これによれば、控訴人が既存宅地確認処分を行うに当たり負担すべき職務上の義務は、直接的には公益を目的とするもので、個々の周辺住民に対する義務は含まれないものというべきである。

しかしながら、処分の根拠となる行政法規が公益の実現を目的とし、第三者の権利利益の保護を図るものではない場合でも、処分者の権限行使又は不行使が具体的事情の下において、権限が処分者に付与された趣旨・目的に照らし、著しく不合理である場合には、第三者に対する関係で国家賠償法上違法と評価される場合があり得る(最高裁平成元年一一月二四日判決・民集四三巻一〇号一一六九頁)。

二  ところで、その違法性の有無は、当該行政処分の法的要件の充足性の有無のほか、侵害された利益の種類、性質、侵害行為の態様及びその原因などを総合的に判断して決すべきものと解されるところ、前記認定事実によれば、適法な既存宅地確認処分がされたとした場合の既存宅地の範囲は、最大限でも別紙第四図の赤色部分に限られ、本件建物の敷地となっている北東側約三分の二以上及び南東側一部は既存宅地の要件を満たさない不適法なものであって、その要件不充足が著しいといわざるを得ない。

しかしながら、被控訴人らの主張する日照、通風、眺望などの生活上の利益は、これまで被控訴人らが享受してきたレベルを絶対的なものとして、本件建物の建築により悪影響を受けた範囲の全てが保護に値すると解することはできず、仮に適法な既存宅地確認処分がされ、この範囲に適法な建築物が建築されたとした場合の悪影響は、被控訴人らにおいて原則としてこれを甘受すべきものであるから、この観点から、被控訴人らの生活上の権利利益の侵害の有無を検討しなければならない。

三  被控訴人らの権利利益の侵害について

1  以下のとおり訂正するほか、原判決の四三頁一〇行目から四六頁末行に記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決四三頁末行の「一」を「(一)」と、同四七頁一行目の「二」を「(二)」とそれぞれ改める。

2  ところで、被控訴人らの生活上の権利利益の侵害の有無は、前記のとおり、仮に適法な既存宅地確認処分がされ、この範囲に適法な建築物が建築されたとした場合の影響と、本件建物の建築による現実の影響との対比により検討されるべきところ、本件処分時における本件土地の容積率は四〇〇パーセント以内、建ぺい率は七〇パーセント以内であったと認められるから(〔証拠略〕)、適法な既存宅地確認処分がなされたとした場合の別紙第四図の赤色部分である既存宅地の面積を本件土地の約半分(九五二平方メートル)とみると、床面積を約六六六平方メートル、延床面積を三八〇八平方メートルとする建築物が建築可能であり、これは六階建となる。

仮に、マンションの日照や土地利用の経済効率を考慮して、東西に長い適法建物をほぼ既存宅地北側一杯に建築した場合(別紙第四図紫色部分〔編注、後掲別紙第四図の<省略>部分〕)を想定すると、これによる日照の阻害の程度は、吉岡宅及び亡ひでの宅では、朝方こそ阻害はないものの、午前から正午を挾む午後にかけての日中の半分程度が日影となり、午後には日照を受けられるようになるが、その影響は本件建物の日影よりも大きいと認められ、また、前記のとおり、本件建物による日照、通風阻害の認められなかった清宅では、本件建物による日照、通風につき吉岡宅及び亡ひでの宅について1で認定したところと同様の影響を生ずることになり、いずれにしても、日影及び通風の阻害は、本件建物による現実の悪影響よりも大きくなる可能性を否定できない(乙二〇の1、2参照。これは本件土地の南西側約四分の一が既存宅地と仮定した場合の日影想定である。)。

なお、本件土地の全部につき既存宅地と確認されず、前記認定の適法な既存宅地確認処分がなされたとした場合、建築主が右の既存宅地部分のみではマンションの建築を断念した可能性もないではない。しかし、周辺住民は前記のとおり、この範囲に適法な建築物が建築されたとした場合の悪影響は、受忍限度を超えない限り、原則としてこれを甘受すべきものであるところ、右想定にかかる日照、通風阻害の程度が、社会通念上受忍すべき限度を超えるものとは解されない。

四  以上の検討によれば、仮に適法な既存宅地確認処分がされ、この範囲に適法な建築物が建築されたとした場合の日影、通風阻害などによる被控訴人ら宅の被害は、本件建物による現実の被害の程度を下回らないことが当然に推認されるから、本件処分が違法であることと被控訴人らの生活上の権利利益の侵害との間には直接の因果関係を欠くものと判断され、その結果も本件処分が被控訴人らに対する関係で国家賠償法一条一項の違法性を備えるものということはできない。

第五  相当因果関係について

既存宅地確認処分は、一般的な建築等の禁止を解除する効果を有するに過ぎず、被控訴人ら主張の権利利益の侵害は、建築主事による建築確認を経て建築された本件建物によるもので、その原因の作出が本件建物の建築主等によるものであることを考慮すれば、権利利益の侵害と本件処分との間に相当因果関係はないものというべきである。

よって、その余につき判断するまでもなく、被控訴人らの請求は理由がない。

第六  結語

よって、被控訴人らの請求を一部認容した原判決は相当でないから、控訴人敗訴部分を取り消した上、右取消部分にかかる被控訴人らの請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 正木きよみ 三代川俊一郎)

(別紙)第四図

<省略>

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